2010年5月31日月曜日

[MAYUKO]順序について色々と思い出す

まず、はじめに。
初回に、うかつにも自己紹介を忘れてしまいました。
親切な飯名氏がなんとなく書いてくれたのですが、再度自分から。
はじめまして、相原マユコです。関西を中心に活動するダンスシアターカンパニー「j.a.m.Dance Theatre」の演出、振付などしております。
基本的に「わたしは物理的には作品中に登場しません。」というスタンスで作品を製作してきました。
ワークショップなどに参加して下さる方に「作品を見たことはあるのですが、こんな人が作っていると知りませんでした。」とたまに言われます。
別に隠れて生きているわけではないのですけどね。

さて、今回のプロジェクトでつくりあげたものが、いつかどこかで「作品」として見られたとき、納得のいくものになるようにするための順序というものについて。
わたしの過去はまさに飯名氏の文面にもある通り、企画に乗っからせていだたき「はい、この日に劇場を押さえてあるからそれまでになんとかしましょう」という事件の繰り返しだった。約1時間(ないしは30分くらい)の作品を製作、リハーサルして発表、公演が終わると、再演も含めてもう次の公演がもう決まっている。だいたい2004~2008年の間はそんな感じでがむしゃらに新作というものを迫られていた。もちろん、これは大変貴重な時期だったことは確かだ、そう多くの作家がこういう機会に恵まれるものではないと思うから。そして、わたしにはそれに根気よくつきあってくれるカンパニーメンバーがいた。あの時期は、それが出来る状況がそろっていた。
作品については、とても好感をもって以後も見続けてくれる方、目からウロコのアドバイスをくれる方、「今回より前の○○の方が好きです」と好みや意見を言ってくれる方、「もうあんなものを見せないで下さい」と実名入りでアンケートに書かれる方、完全に無視される方、けっこう様々な反応をいただいてきたのだが、それらすべてが作品を作り続けられた理由の一つになっていることは確かで、この作品発表後の順序について、今まで不快感を感じたことはないのだけれど、それまでのプロセスについて言えば、ずっと疑問を抱いていたのかも知れない。
そしてある時、ある人に「あなたがこの数年やってきたことは全くの無駄だった。」と言われたことがある、ほんとうにこのまんま、ハッキリと。これにはさすがに堪えた。本来わたしの性格なら、めちゃめちゃ腹が立つシチュエーションだが、そのときわたしはフニャフニャと全身の力が抜けて、「はぁ。」だとか、「そうですかね。」とか、なんとも頼りのない腑抜けな返答を繰り返した。ハッキリ言ってボーッとしてしまい、あんまり覚えていない。今になって思うと、このときすでに「作品に追いかけられていた」ことについて認めざるを得ない環境に身を置いていたことに脱力してしまい、「あぁ、なんだか順序が違うのだ。」と思っていた。
とはいえ、ここでクリアにしておくべきことは、わたし自身はそれまでやってきたことを無駄だと思ってなどいないし、当たり前のことだが、毎回作品とは誠実に向き合ってきたということ。そうしてたくさんの人に支えられて作ったものを公演というかたちで発表してきた。
ただ、作品製作の順序について言えば、100%の納得というよりは、その状況に巻き込まれていたのかも知れないし、自分自身でその環境を変化させる努力にまでは力が及んでいなかったように思う。

そんな訳で今回、飯名尚人という演出家と二人で「なにか」に向かって踏み出したのだが、これは関東と関西でお互いにそういうことについてもわーんと考えていた二人が、なにかの引力によって引き合わされ、一緒に始めることができたのではないか。そうだったのならこれはもうまさに「mission」。
いまのところプロデューサーも、制作も、助成金もないクリエーション。初音館スタジオOK101の協力があるから実現できるクリエーション。
わたしたちが「やりたくないからやめます。」といってもあんまり誰も困らない、しかしながらわたしたちは「やりたいからやります。」と発言する。

朝起きてお化粧をしたら、なんだかお化粧ののりがよくて気分もいいし、どこかに出かけてみるか。
この順序にあこがれるのだ。

仕事があるから朝起きて、顔を洗って歯を磨いて、お化粧をする。
たとえこれが大多数かつ効率的順序だとしても。