2010年6月20日日曜日

[MAYUKO] ものと記憶

第二回、クリエィション合宿。まだあくまでも通過点。
しかし明らかになにかに向かっている感触あり。
いつも作品を作るときに、わたしには「どれだけ自分をさらけ出せるか」というキーワードがある。
とはいえ、逆に初対面で「実はわたしの過去は○○なんです」とか言われても困ってしまうかもしれないし、たいていそういう話はしない。
もしかしたら、結婚30年の夫婦でもそういうことには絶対に触れない日々を送っている人々もいるだろう。
いわゆる「核心」、「自分の闇」とかまでいうと重くなるけど。
でもなー、そういうのって言える相手がいたら言ったらええやん。
って思った今回。


合宿スタジオの横にある定食屋さんのカツカレー。店内にはけだるいジャズがかかり、ヘップバーンからソウルトレインまでが出迎えてくれる多趣味な不思議空間。
トンカツが上等!次回も行くぞ。



そして、18日に京都の精華大学でおこなわれた『京都精華大学公開講座GARDEN デジタルクリエイション講座「メディア×パフォーマンス」関連企画 MOVIE×DANCE ULTIMA VEZ 「here after」上演会』、満員御礼。
この企画は精華大学で講師を務める飯名尚人が、完成度の高い映像作品を見る機会を作ろうと大学側と企画し、実現したものだ。

ULTIMA VEZは一貫して人間の核心を駆け抜けているカンパニーではないだろうか。

作品中に真っ白な小石が出てくる。
             -真っ白な小石-
わたしにとってこれはとても意味のあるオブジェだった。
幼い頃、比較的ゆるい感じの住宅地で育ったわたしは、切り立った崖のある駐車場や草の生い茂った駐車場で遊んでいた。あるとき、遊び友達の間で「真っ白の小石をじっと見ると目が見えなくなる」という噂が飛びかった。もちろんみんなが信じた。
そして、それまで気にもとめなかったそこかしこと転がっている真っ白な小石は、私たちチビッコにとってメデューサのような存在になった。
けんかをするとおもちゃのサングラスをして白い小石を集め、投げつけ合うようなこともした記憶がある…。
だから今でもわたしは真っ白な小石を見ると目をそらす。条件反射よなぁ。だって、見ちゃいけないんやもん。
なので作品中に白い小石がいっぱい出てくるシーンは内心「わー!」と思いつつも、もう大人だし、大丈夫だし、と言い聞かせるようにして見ていた、実は。
これを周りに話しても「そんな話は聞いたことがない」とあっさり言われた。
極々私的なわたしの「ものの記憶」というものについて共感することが可能なのはわたし自身だけだったのだ。
あのシーンを見た数十人の観客が、数十通りの記憶に思いをはせていた……のか否かは不明だけれど、そういう個人的なエピソードを集めてみるのは面白いかも。

作品内で何か「もの」を出すときの必然性は、おそらくあった方がいいのだと思う。
「here after」でも当然の意図があって白い小石を含む様々なオブジェが出てくる。しかし、それがいったい何の象徴であるのか、そこに正解を提示するのか、それともそれぞれの人が思い思いに何かをイメージするようにし向けるのかは作品によって異なってくる。

「人」と「もの」と「記憶」。
この三要素を操ることは、作品を演出する醍醐味の一つである。