一ヶ月滞在して、こっちでパフォーマンス作品制作のため。
今日は日曜日で仕事がOFFだったから、ソウルタワーに登ってみた。
要するに観光。
ちなみに毎日のスケジュールは、昼間、大学(韓国総合芸術学院/KNUA)のリハーサル室で踊りのシーンの演出。夜は、シナリオ書いて、絵コンテ作って、台詞とか舞台イメージ図の修正。
時々開かれるスタッフ会議は、8割韓国語、2割英語。シナリオの解説も英語でみんなに伝えないといかん。英語は苦手だ。韓国語はわからない。しかし会議で演出家が居眠りするわけにもいかず、分かる単語と身振りとかメモを必死に見たりして、相手の言いたい事を理解する。技術面の相談は、それでなんとかなる。図面と機材リスト見ながら相談すれば進むから。問題はやはり物語や世界観の説明で、これは言葉で説明しないと伝わらない。言葉は本当に重要だ。「踊りを見てくれれば分かります」では会議が進まん。「照明と音はお任せします」では、誰も演出家を信用しなくなる。「この日本人、何したいんだ???」ということになるわけだ。
音楽家に作曲の指示を出すにも「このシーンはこういうイメージだから、こういうサウンドが欲しいんだけど、リズムじゃなくてグルーヴでリピート作って欲しい」とか「明るいんだけど、悲しい感じがいい」とか、イメージは頭の中で明確だけども、説明のための言葉も持っていないとクリエイションに深みが出ない。音楽担当のミュージシャンも「思い描いているイメージをどんどん言葉で言ってくれ。それとどんな音楽が好きか教えてくれ」と熱心で、僕の抽象的な説明もきちんとメモしてくれる。言葉を駆使してお互いのイメージの真意を探り合うわけだ。これは非常に楽しい作業なのだ、、、が、、、こんな感じの毎日なので、脳に酸素がいかなくなるのも無理はない。
ということで、ソウルタワーにでも登って、どれどれ、下界でも覗き込んでやるか、と。
「NEW YORK」の前に立ってみた。
視界に広がるのソウルの町並みと、よく晴れた空。NEW YORKは見えない。
南山公園は森だから、涼しい。
そして展望台からは360度の眺め。各方向には、世界の都市の名前と距離が書かれている。
窓枠のフレームに都市の名前が書かれているだけで、そこに立って外を眺めている人の印象が変わってくる。西洋人が「Helsinki」の文字の前で外を眺めている後ろ姿をみると、「ヘルシンキから来たのかなぁ、何を思ってソウルの街を見ているのかなぁ」と想像してみたりする。その人がフィンランド人でなくても、それは関係ない。僕の勝手な想像は、自分だけで楽しむための想像なのである。
風景のフレームに書かれた都市名が、字幕付きの映画をみているようで楽しい。
